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札幌地方裁判所 平成9年(ワ)5111号 判決 1998年4月24日

原告

斉藤令恵

ほか三名

被告

昭和住設株式会社

ほか一名

主文

一  原告らの被告らに対する請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

一  原告らの請求

被告らは、各自、原告斉藤令恵に対し、六八四五万一八八〇円及びうち六五七三万四四一四円に対する平成七年九月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員、その余の原告らに対し、各二二八一万七二九三円及びうち二一九一万一四七一円に対する平成七年九月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らの請求原因

1  交通事故の発生

斉藤誠(以下「亡斉藤」という)は、次の交通事故(以下「本件事故」という)にあった。

(一)  事故年月日 平成七年九月二四日午後一時二五分ころ

(二)  事故現場 北広島市大曲五一三番地先路上

(三)  加害車両 小池尚敏運転の普通乗用自動車(以下「本件車両」という)

(四)  事故の態様 本件車両が中央車線を越えて反対車線に進入し、対向してきた西野学運転の普通乗用自動車と正面衝突した。

(五)  事故の結果 本件車両に同乗していた亡斉藤が死亡した。

2  被告らの責任原因

(一)  被告株式会社トヨタレンタリース新札幌(以下「被告トヨタリース」という)は、本件車両の所有者であり、被告昭和住設株式会社(以下「被告昭和住設」という)に対し、本件車両を賃貸して賃料を得ていた。

(二)  被告昭和住設は、被告トヨタリースから、本件車両を賃借して本件車両を使用していた。

(三)  被告らは、本件車両の運行供用者であるから、本件車両の運行によって亡斉藤に生じた損害を賠償する責任がある。

3  損害

亡斉藤は、本件事故により、次の損害を被った。

(一)  葬儀費用 一三〇万円

(二)  逸失利益 一億七〇二五万四二五三円

(1) 年収 二七三〇万一三二〇円

誠は、平成七年一月から九月までの間に、被告昭和住設から、二二七五万一一〇〇円の報酬を得た。年収に換算すると、二七三〇万一三二〇円になる。

(2) 経費率 一〇パーセント

(3) 生活費控除 三〇パーセント

(4) 就労可能年数 一四年間

誠は、死亡時、五三歳(昭和一七年一月二二日生)であり、六七歳まで一四年間の就労が可能であった。

(5) 中間利息控除 ライプニッツ係数九・八九八六

(6) 計算式 27,301,320円×0.9×0.7×9.8986

(三)  慰藉料 二五〇〇万円

誠は、一家の主柱として、妻の原告令恵と一〇歳の子供である原告佳菜実と同居して生活していた。

(四)  損害のてん補 七七五三万一二二一円

原告らは、平成九年一月二八日、本件車両を運転していた小池の相続人らと和解し、同年二月一七日、和解金七七五三万一二二一円の支払を受け、元本に充当した。

(五)  確定損害金 五四三万四九三三円

右和解金七七五三万一二二一円に対する本件事故日である平成七年九月二四日から和解金の支払を受けた平成九年二月一七日までの年五分の割合による遅延損害金

(六)  弁護士費用 一二四四万五七九六円

損害額の一〇パーセントが相当である。

(七)  損害合計 一億三六九〇万三七六一円

4  相続関係

原告斉藤令恵は、亡斉藤の妻であり、亡斉藤の権利義務を二分の一の割合で相続により承継し、その余の原告らは、亡斉藤の子であり、亡斉藤の権利義務をそれぞれ六分の一の割合で相続により承継した。

5  よって、原告らは、被告らに対し、それぞれ、自賠法三条の規定に基づき、請求欄記載のとおり、右損害賠償金のうち相続分の割合に応じた金額と確定損害金を控除した金員に対する本件事故発生の平成七年九月二四日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  原告らの請求原因に対する被告らの答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)及び(二)の事実は認める。

被告昭和住設は、亡斉藤に対し、本件車両を転貸していた。

同2(三)は争う。

3  同3について

(一)の事実は認める。

(二)は争う。

亡斉藤の申告所得額は、三七一万八四〇〇円である。

(三)は争う。

(四)の事実は認める。

ただし、原告ら主張の和解金のほか、一一万八三五四円が支払われている。

(五)は争う。

(六)は争う。

4  同4の事実は認める。

5  他人性の欠如について

(一)  被告昭和住設は、被告トヨタリースから、多数の車両を賃借して、営業委託外務員に転貸していた。亡斉藤は、被告昭和住設の札幌支店長を勤めたこともあり、外務員のリーダーであった。被告昭和住設は、亡斉藤に他の外務員とはことなるランクが上の本件車両を専用車として使用させていた。亡斉藤は、運転免許はなかったが、複数の営業委託外務員と行動することから、運転免許をもった外務員とペアを組み、右外務員に被告昭和住設から借り入れた本件車両を運転させていた。本件車両で移動する経路、目的地、出発時間等については、亡斉藤がすべて指示して運行させており、被告昭和住設が指示することはなかった。

(二)  本件事故当日も、亡斉藤は、釧路方面に営業に行く予定であった。亡斉藤は、小池に本件車両を運転させて、被告昭和住設の札幌支店を出発し、札幌競馬場に寄って馬券を買い、国道三六号線を経由して、釧路に行く際に利用する国道二七四号線に向かったが、途中で、逆方向である札幌市に進行を始め、本件事故を起こした。

何らかの私用のため、札幌方向に戻っていたものと推測される。

(三)  本件車両の運行については、独立した営業主体である亡斉藤が、目的地や経路を指示し、自己の営業のために部下である小池に運転させていたものである。具体的な指示をしていない被告昭和住設の運行支配に比べて、亡斉藤の運行支配の方が、より具体的で顕在的であるから、亡斉藤は、被告らに対する関係において、他人性を主張できない。

6  被告トヨタリースの運行供用者性について

(一)  被告トヨタリースは、被告昭和住設との間で、平成六年三月一七日、本件車両を、同日から平成八年三月一六日までの二年間、毎月九万四二四五円でリースする旨のメンテナンスリース契約を締結した。

(二)  被告トヨタリースは、被告昭和住設にリースする目的で、平成六年三月、本件車両を取得した。

(三)  被告トヨタリースは、本件車両の運行支配・管理すべき地位にはなく、本件車両の運行供用者ではない。

7  和解の成立について

原告らは、小池の相続人を相手方として、財産法人交通事故紛争処理センターに裁定を申し立て、平成八年一二月二七日、裁定を得て、平成九年一月二八日、裁定金額に従って和解をした。

原告らは、裁定に不服を申し立てることなく、裁定に従った和解を成立させながら、相手方を代えることによって、実質的には同一保険会社が負担する損害賠償を求めることは、禁反言の法理に照らし、許されない。

四  被告らの主張に対する原告らの答弁

1  亡斉藤の他人性について

(一)  被告昭和住設は、営業担当の従業員を労務対策の上で「外務員」として取り扱っているに過ぎず、実質的には従業員である。

(二)  亡斉藤は、いち外務員ではなく、営業担当常務の肩書をもって、被告昭和住設の営業を管理・推進する立場にあった。亡斉藤に対しては、歩合給のほか、毎月固定的に八五万円を支払っていた。うち一五万円は、リーダーとしての地位に基づいて支給される固定給である。

(三)  被告昭和住設は、次のとおり、本件車両を管理していた。

(1) 被告昭和住設は、社内に二名の安全運転管理者を置き、地方で、営業中の営業社員と電話連絡し、車両の状況をチェックしていた。

(2) 被告昭和住設は、車輌運行及び取扱規程を作成し、車両の取扱いを周知徹底させるとともに、その違反者には厳重処分でのぞんでいる。

(3) 被告昭和住設は、営業社員の中から車両の管理責任者を選定し、半月に一回ディーラーで車両点検することを義務付けている。管理責任者には、メンテナンスカードが付与されて、被告昭和住設が修理・点検の費用を負担している。タイヤの交換は、営業社員の判断ではなく、被告昭和住設の判断によってなされていた。

(四)  右のとおり、被告昭和住設は、本件車両の運行を支配していたのみならず、本件車両を営業社員に使用させることによって運行の利益も得ていたのであるから、被告昭和住設は、本件車両の運行供用者であり、本件事故について、運行供用者責任を負う。

2  被告トヨタリースの運行供用者性について

被告トヨタリースは、被告昭和住設との間で、本件車両のメンテナンスリース契約を締結し、被告昭和住設にメンテナンスカードを交付し、メンテナンスカードが提示されれば、被告トヨタリースの費用で消耗品を除く整備点検を直ちに行っていた。被告トヨタリースは、半月に一回の割合で本件車両を整備点検するとともに、六カ月ごとの法定点検をしていた。

右のとおり、被告トヨタリースは、本件車両を管理しその運行を支配していたのみならず、被告昭和住設から毎月九万一五〇〇円のリース料を得る運行利益を得ていたから、被告トヨタリースは、本件車両の運行供用者であり、本件事故について、運行供用者責任を負う。

3  和解について

原告らが交通事故紛争処理センターの裁定に従ったのは、その内容に納得したためではない。もともと、被告昭和住設との間では運行供用者性が問題となるため、損害論のみが問題になる運転手の小池尚敏の関係で示談斡旋を申し出たものである。被告昭和住設との間では、別途訴訟を提起することを明示している。小池との間の裁定は、その損害論の認定に不服があったが、手続が長期化したため、とりあえず裁定金額を受領することにしたものである。

原告らが被告らに対して本件請求をすることは、何ら信義則に反することはない。

五  証拠

本件記録中の証拠目録記載のとおりである。

理由

一  事実関係

当事者間に争いがない事実に、本件証拠(甲第二ないし第七号証、第八号証の一ないし七、第一四ないし第二六号証、乙第一号証、第四ないし第一二号証、第一四ないし第二〇号証、乙ロ第一号証、証人丸山憲次及び同鈴木正廣の各証言、原告斉藤令恵本人尋問の結果)並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  亡斉藤の勤務について

(一)  亡斉藤は、被告昭和住設の営業外務員として働いていた。営業成績は、全国でもトップグループにあった。常務取締役との肩書(商法上の取締役には選任されていない)が与えられた。営業本部長や札幌支店長に就任したが、平成二年ころから、再び、いち外務員として勤務した(ただし、外務員のリーダー格であり、従前どおり常務と呼ばれた)。

(二)  亡斉藤の収入は、原則として、成立させた住宅外壁工事契約の契約高によって一定の割合を取得する歩合給によっていた。毎月一定額以上の契約を成立させると支給される売上手当六〇万円やリーダーに支給される手当一五万円、更には営業活動補助費一〇万円程度も受けていた。

(三)  亡斉藤は、事業取得者として自分で所得税の申告をしていた。平成六年度の亡斉藤の所得税の申告書によれば、収入が二四八二万六四〇〇円、経費が二〇三〇万八〇〇〇円であり、営業所得額が三七一万八四〇〇万円となっている。被告昭和住設では、亡斉藤の社会保険等を掛けてはいない。

2  被告昭和住設の業務内容について

(一)  被告昭和住設は、住宅外壁の請負工事を行う会社である。その営業は、もっぱら営業外務員の訪問による工事請負契約の受注によっている。営業外務員の収入は、歩合給による(営業社員の募集では固定給三五万円をうたっているが、固定給の支給は、当初の二か月間のみである。一定額以上の売上額を上げたり、一定の職責・資格についたりすると種々の手当が支給される)。営業外務員は、それぞれが所得税の申告をした。被告昭和住設は、営業外務員の社会保険等を負担していない。

(二)  営業外務員は、平成七年当時、一〇名程度の人数からなる四つのグループに分けられていた。グループの編制は、被告昭和住設が選任したリーダー(亡斉藤は、リーダーの一人であった)が相談して四カ月ごとに決めていた。

営業外務員は、月二回の出社が義務付けられ(その他には出社の義務はない)、その間は各グループごとに出張訪問販売に出掛けていた。

どの地区に出張して訪問販売するかは、各グループのリーダーが決定していた。いつ、どこに出張するか、出張の期間中どのように勤務するか等については、被告昭和住設の方で決定・指示することはなかった。

(三)  被告昭和住設は、グループの出張訪問販売のため、グループごとに三、四台の自動車を貸与し、外務員には一日五〇〇〇円の宿泊費を補助した。

3  被告昭和住設の車両管理等について

(一)  被告昭和住設は、被告トヨタリースから、営業外務員に貸与する自動車等二〇台余りをメンテナンスリース契約で借り受け、営業外務員のうちから管理責任者を選任して管理責任者に貸与していた。

(二)  被告昭和住設は、貸与した自動車の管理について、車両運行及び取扱規程を作成し、その遵守を求めていた。しかし、実際の管理は、管理責任者に二四時間ゆだねられており、被告昭和住設が直接自動車を管理運行することはなかった。

(三)  貸与した自動車は、被告トヨタリースとの契約により、消耗品を除いて被告トヨタリースが点検修理する約束であった。被告昭和住設は、管理責任者に定期点検を受けるよう指導していた。消耗品は、被告昭和住設の費用負担で取り替えていた。しかし、タイヤの交換が頻繁になされたことから、タイヤの交換は被告昭和住設の承認を得る取扱いになった。

(四)  貸与した自動車の運行に要するガソリン代や高速道路料金も、被告昭和住設が負担した。

4  本件車両のリース等について

(一)  本件車両は、平成六年三月一七日、所有者被告トヨタリースが被告昭和住設にリース料月額九万一五〇〇円、リース期間平成六年三月一七日から平成八年三月一六日の約定でメンテナンスリース契約し、被告昭和住設が亡斉藤に貸与したものである(一般に営業外務員に貸与される車はカローラであるが、常務と呼ばれていた亡斉藤のみに車格が上のコロナが貸与されていた)。

(二)  右リース契約によれば、税金や保険料、法定定期点検整備、一般整備、オイル交換は被告トヨタリースが行い、バッテリーやタイヤ交換、事故修理は被告昭和住設が行う約定であり、契約走行距離の制限はなかった。被告トヨタリースが行う整備のため、メンテナンスカードが交付され、これをトヨタ直系のサービス工場に提示すれば、無料で修理・点検を受けることができた。

(三)  亡斉藤は、本件車両を自己の専用車として、グループの営業外務員に運転させて、出張訪問販売に使用していた(亡斉藤は、運転免許を持っていたが、自分で運転することがなかったので、運転免許証を更新しなかった)。

5  本件事故の発生について

(一)  本件事故日である平成七年九月二四日は、被告昭和住設の営業外務員が出社し、出張に出掛ける日であった。亡斉藤をリーダーとするグループは、釧路方面で営業することが決まった。本件車両以外の三台の車は、被告昭和住設の札幌支店を出発すると、北に進行して札幌北インターから札樽自動車道に入り、大谷地インターで自動車道を降りて、国道二七四号線を釧路に向けて走行した。亡斉藤は、自分のグループの外務員の一人である小池に本件車両の運転を命じ、同じく外務員の一人である村上勝利を同乗させ、被告昭和住設の札幌支店を出発した。

(二)  本件車両は、被告昭和住設を出発すると南に向かい札幌市内を抜けて(亡斉藤は、競馬好きで、この日、場外馬券売場に寄ったものと推認される)、国道三六号線から北広島市を通って国道二七四号線に入る道を進んでいたが、途中で札幌市内に戻る道路を走行し、本件事故にあった(亡斉藤あるいは運転手又は同乗していた者の私用で札幌市に向かったものと推測される)。

以上の事実が認められる。

二  前項認定の事実を前提に、亡斉藤の運行供用者性を検討する。

右認定の事実によれば、1 被告昭和住設は、本件車両を被告トヨタリースからメンテナンスリース契約により借り受け、亡斉藤に貸与したものであり、被告昭和住設は、亡斉藤が本件車両を利用して営業することで利益を得ているし、そのリース料のほか本件車両の運行に必要な消耗品、ガソリン代、高速道路料金を負担しているから、運行供用者であることは否定できない(被告昭和住設も自己が運行供用者であること自体は争っていない)、2 しかし、被告昭和住設は、本件車両の現実の管理を二四時間にわたって被告斉藤に任せており、被告昭和住設が、実際に本件車両を管理・占有することはなかったし、本件車両でどこに向かうか、どのような経路を走行するか等について具体的な指示をすることはなく、これらは、すべて亡斉藤に任されていた、3 したがって、亡斉藤は、正当な権限に基づいて本件車両を常時使用し、事故防止につき中心的な責任を負う者として、運転について具体的な指示をすることができる立場にあった、といえる、4 本件事故が発生した日も、本件車両は、亡斉藤の馬券を購入するとの個人的な事情で釧路に向かう通常の経路とは違う道路を走行し、事故発生当時も、亡斉藤ないし同乗の者の個人的用事のために走行していた、と推認できる、との事情が指摘できる。

5 右指摘の事情及び前記認定の亡斉藤と被告昭和住設の契約関係等に照らせば、亡斉藤の本件車両に対する運行支配は、被告昭和住設のそれが間接的、抽象的なものであるのに比較し、直接的、具体的である、と認めるのが相当であるから、原告らは、亡斉藤が被告昭和住設に対する関係において、自賠法三条の「他人」に当たると主張することはできない、と解すべきである。

6 また、仮に、本件車両について被告トヨタリースの運行供用者を肯定する余地がある、としても、亡斉藤の本件車両に対する直接的、具体的な運行支配に比較して、その運行支配が被告昭和住設より更に間接的、抽象的であることは明らかであるから、原告らは、亡斉藤が被告トヨタリースに対する関係においても、自賠法三条の「他人」に当たると主張することはできない、と解される。

三  よって、原告らの本訴請求は、理由がないから、これを棄却することとし、主文のとおり、判決する。

(裁判官 小林正明)

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